反面教師と、お手本

◆今年の夏

西日本の私の実家に1か月いて、広いゴミ屋敷に

やっとこさ歩けるような道(=足場)をつけてき

たり、庭の草刈りや樹木の剪定、畑の草刈りなど

頑張った夫。

 

私は7~8年前にこちらに連れてきた母親の介護

(=今、寝たきり)があるし、ママの仕事の間は

孫も預かってるから埼玉から移動できない。

 

夫は私の実家(=普段は空き家)で慣れない食事

作りをして、晴耕雨読で頑張った。

9月末、私もようやく3泊4日で実家に帰るチャンス

が来た。そうしたら、近所の皆さんが「ご主人暑い

のに毎日よう働いてたよ、頑張っとったよ」と教え

てくれた。お疲れ様です。

 

最初の3週間くらい猛暑が続き、台風の時もその地域

だけ風雨がそれたようで、雨がほとんど降らず、その

後も大地は乾きに乾いて、ほとほと困ったらしい。

 

で、

夫が一人で田舎の家や庭や畑で作業してると、近所

の人からよく声を掛けられたそうだ。

「ここの家のお父さんにはお世話になった」

「ここの家のお父さんにはよくしてもらった」・・・と。

 

父は10年も前に、ガンで亡くなっているのだが・・・

いまだに皆さんが思い出してくれるみたいだ。

 

一方、今、同居して在宅で世話している母のことは

田舎の皆さん、だ~れも何とも言わない。

「お母さんは元気か・・・」とも聞かれない。

ずっと田舎でお高くとまっていたんだろうなぁ。

働き者でもなかったし・・・

人にものをあげることもしなかった(らしい)し、

他人のために一つも尽くしてこなかったんだろうなぁ

と、今さらのように推測できる。

 

それよりも、もっとガッカリするようなことを教わっ

た。頭を下げて謝りたいほどのことを母は平気で他人

に言ってたんだなぁ・・・。

 

なんだか・・・

母は、私にとって反面教師だ・・・

今、私は、神様に試されているのかなぁ・・・と思った。

 

なんだか一生懸命母の世話をするの、馬鹿らしいと

思ってしまった。もう施設に入れちゃおうかな・・・。

 

悪いけど、人間、自分勝手に生きてきちゃダメ。

自分さえよければいいはダメ、

見栄だけで生きてるのもダメ。

ご近所や親戚に気持ち良くお裾分けするのが当たり前

にできるくらいでないと・・・ダメ。

ボケた時にだーれも相手にしてくれない。心配もして

くれない。(今、母を思い浮かべて書いている・・・)

 

頭のまともな時に、これっぽっちも人のために尽くし

てこなかった母の生き方が、今頃になって、なんだか

透けて見えてくるんだよね~。

そういうのを知った今・・・

さて、この人とどう向き合うか・・・なんて真剣に考え

てしまった。

 

でもなー。

目の前にいる母は、近場のことはもちろん少女時代

の昔のこともきれいに忘れてしまっている。

話にならない。会話にならない。会話が続かない。

 

私の名前は言えても、私との関係はきれいさっぱり

忘れているようだ。都合の悪い(自分の)旦那さん

のことなんか、この10年間で1回くらい思い出した

かなぁ~ってな感じ・・・。なんたるちあ・・・。

 

母は、私にとってもう戦う相手ではないのだ。

 

ただ、この人の生き方がそうであったように、私も

母に丁寧に向き合わなくてもいいかな、手抜きでい

いかな、だって、この人、他人との関係において手

抜きしまくっていたんだもの・・・と思うようになって

きた。

 

私は自分の体調と相談しながら、自分の体調が悪い

時には介護ではなく自分を優先しよう!と今回は

強く思った。

 

介護は、もう「母」のためではなく、自分のために

やろう、自分のために頑張れる時だけ頑張ろう。

それより・・・介護は頑張らない方がいいかも。

 

やってないから、やれなかったから・・・と罪悪感を

持ったりする必要はない。

だって、母は他人との関係において手抜きばっかり

していたし、人のアドバイスも素直に聞かなかった

らしく・・・評判は・・・すこぶる・・・てんてんてん。

 

お正月に挨拶に来た親戚に向かって、「うちはお年

玉はあげません」って言ったらしい。どの顔をして

そんな意地悪なことを言ったんだよ~と私は恥ずか

しいやら、情けないやら・・・。

うちは本家(ほんけ)だぞー。いつも見栄張ってる

くせに、お正月だけでも本家らしいことをしなきゃ

ダメじゃないか・・・と私でも分かる。

 

父はそんなことを言う人ではない。

それどころか、お菓子をよそんちの子供の両手いっ

ぱいに渡すような人だ。

 

父と母の・・・このギャップ・・・

父は誇らしい。

亡くなって10年経っても慕われている。

私は父をお手本に生きていこう!

 

自分の体の限界が来る前に、母は施設に預けよう。

前よりもっと気楽にそう思うようになった。

自分の体調が悪ければ、ショートステイをすぐに使

おう。一生懸命自分で介護した方がいい・・・など

と思わない方がいい。

うちの場合は・・・母に愛情込めて育ててもらった

かなぁと首をかしげるようなとこ、あるから。(笑)

 

ただ、ご飯はしっかり食べさせてもらった。

母はお料理が下手だったから、買ったものが多かっ

たけど・・・それでも、お魚煮たりお刺身を作るのが

上手だった。毎日ほとんど代わり映えしないメニュ

ーだったけど、お腹が空いたことはなかったと思う。

 

だから、今、私も母に栄養のあるもの、食べさせて

いる。30本ある自分の歯で、母はもりもり、がり

がり噛んで食べている。たぶん自然治癒力いっぱい

だと思う。

 

私は、自分で楽だと思える介護をすればいいのだ。

施設に預けると、会いに行くのが面倒。

今のところ、家にいてくれる方が、私が「らく」。

 

孫が来た時に、あの頃はひいばあばと生活するって

ことが当たり前の家だったね・・・くらいでいいと

思う。

 

私の友達の家では、愛情込めて育ててもらったので

恩返しとして家族で愛情込めて最期まで在宅で介護、

もう美しいお手本のような懸命な介護をして穏やか

に看送った家もある。

それまで生きてきたように、看送られていった幸せな

お母様の例もある。

 

人それぞれ。その家、それぞれ。

 

うちなんか、8年、毎年(1回)帰省しても、まだ

まだゴミ屋敷の片付けが終わらない。「ホントにだら

しのない母でごめんなさいね」・・・と夫に謝る夏。

 

人はね、生きてきたように死ぬ(かも)。

 

残りの人生、人に尽くして生きていこう。

家族だけでなく、ご近所や他人に尽くす。

お金じゃないのよ。

心・・・やさしいこころ。

父の十数年前の親切が・・・今、いろんな人から

「あんたのお父さんには世話になった」「いろいろ

教えてもらった」っていう嬉しいことばになって、

戻ってくる。

 

なんか、ご褒美もらったようだ。

お金をもらって嬉しいんじゃないのよ。

ご褒美なんかお金じゃなくていいんだ。

ことば。やさしいことば。

 

父の思い出を語る他人の「ひとこと」・・・が今の私

や夫を元気にした。

 

いいお手本を思い浮かべながら、私も生きていこう。