
今日は、3月11日
2011年3月11日 東日本大震災が起きてから15年になりました。
私はその時、〇ヶ月の孫(赤ちゃん)の世話をしておりました。
マンションの揺れはすさまじいほど激しく、壊れるのではないかとすごく緊張しました。でも、このマンションが崩れたら、周囲の木造の家やアパートはみな崩れる。そうなれば大宮のまちは崩壊するー!とまで思いました。
すぐに玄関のドアを開けます。開けないと避難できなくなってしまうから。
神様、神様、この子をお守りください。
電気はつきます。ラッキーなことにテレビが見られました。
ガスは止まった。自動停止。
ラジオは普段から聞く習慣があるのでテレビを観ない時はラジオをつけっぱなしにします。
安全なところは家の廊下。何も置いてないから。
自分は死んでもこの子だけは守らなくてはいけない!夜に帰ってくるパパとママにお返ししなければいけない!と本気で思いました。
この日に限って孫は泣かないで一日中静かにしてくれました。揺れて気持ちよかった?
夫にも、社会人になった子供たちにも、誰にも携帯が繋がりません・・・
とにかく私はこの子を守るしかない!
怖いなんて言ってられない。この子をなんとしてでも守らねば!
避難所の学校へ行くより、マンションの方が絶対に丈夫だと思う。赤ちゃんいるからへたに動かない。
同じマンションのパソコンシンチャンが家に来てくれた。お母さんに言われて、「何か手伝えることはないですか?」って。
ありがとうございます。心強いです。
今はどこもパニックで携帯が使えないけどそのうち使えるでしょう。そのうち連絡が来るでしょう。
翌日、姪っ子の結婚式が品川であるのですが・・・関西から親戚がどんどんやってくるはずなんですけど・・・
結婚式なんか開催できるんだろうか?できないよね!その連絡も届きません。
(孫の)ママは夜遅く帰ってきて、わが家で寝ました。
夫や子供たちは、それぞれ会社で寝ました。
親戚の人たちは、止まった新幹線で寝ました。(←あとから新幹線に何時間も閉じ込められたことを教えてもらった)
翌日、なんと!品川で結婚式がありましたー!
ホントにやるんかい?って思ったもんね。ホテルもめちゃくちゃだったろうに・・・それを全然感じさせなかったくらい片付いていた。
ただし・・・結婚式の最中だったか終わってからだったか忘れたけれど、テレビではどこかの建物に大火災が発生した映像が流れていた。
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同じ2011年夏・・・私も突然、親の介護に突入しました!
そんなはずではなかった!
孫の世話と、田舎から連れてきた母の介護、同時です。
孫の成長と親の退化・・・同時にみました。
両方のオムツを取り替えました。
ひ孫のおやつを母がとってしまい、孫が文句を言います。母は覚えていません。
そのうち孫のオムツは外れました・・・
10年後、母は夕食後、歯をしっかり磨いてあげたあとに亡くなり・・・
15年後、孫は・・・今週、中学を卒業します。
月日が経ちました。
孫の成長、バンザイ!

皆さま、3月の東口だんだんは、13日です。
10時~12時まで、東口の会場でやっています。
お話したくなったら、ケアラーズカフェだん・だんに、どうぞいらしてください。お待ちしています。